不登校になった中学1年生。

部活の顧問の日々の暴言により、明日が来るのが怖くなり、生きることがつらくなった。

幸い、子どもの気持ちを理解しようと努力する母親を持っていたため、命を落とすことなく済んだが、学校にはいけなくなった。

この事態に対して、大人たちは安易に「仲直り」という言葉を使う。

「昔の指導は厳しかったものだ。先生も言い過ぎだがチームが強くなるために言ったのだろう。同じ指導でも平気な子は平気なんだから。よく話し合って仲直りをしたらどうだ?」と。

こんなことを結構な立場の大人たちがいう。

 

そうなのか?

 

誤解のないように言いたい。

そう思うのは先生だって頑張っているという意見が時々届くからだ。そんなことは知っている。私も学校現場で働く一員だ。

でも、お互い様ではいけないことはたくさんある。だから、仲直り、ではない。

先生は子どもにとって偉い人、先生以外の何者でもない。

だが、失敗は誰にでもあり、完璧である必要など全くない。先生の失敗を許さなかった子どもには一度も出会ったことがない。

必要なのは、誠実であること。だからこそしてはいけないこともある。

子どもが、人生に光が見えなくなるほどを傷ついたら、それは教員の誠実の上に起こった失敗ではない。

「お互い様」ではないし、「仲直り」ではない。

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