先日、千葉県知事選告示に伴う取材を受ける機会がありました。(記事は3/10 朝日新聞朝刊に掲載)

県政への要望は何か?の問いには、不登校に対する政策を立てほしいと回答しました。

今、不登校の児童や生徒が増え続けている現実に向き合わなければならない時がきています。

影響は個人レベルではなく、社会全体に直結していると思っています。

子どもの育ち方や学ぶ方法は様々です。どんな方法でもその子に合ったやり方で、その子の力が伸びていけばいいわけです。そしてその子が社会参加しやすい、得意なもので職を得てほしい。

記事にもありますが、学校という場に何らかの理由で行けなくなっただけで、その後、働くことまでできなくなる仕組みではいけないはずです。

学校生活がうまくいっていない子どもたちと接する中で私はこう思います。

「この子は学校には合わないかもしれないけれど、立派に働ける大人になれる。でも今の社会の仕組みでは困難に直面することが多すぎる。」

不登校になっている子どもを知らない人は、どんな子どもを想像するでしょう。学校に行かずに怠けて遊んでいる姿ですか?

学校に適応できない子は将来働けるわけがない、と思いますか?

学校生活には確かに良いところがたくさんあります。実際に多くの子どもが学校で学び大人になっていきます。

でも、学校という場で学ぶことがやりづらい子どももいます。子どもの甘えやわがままではないこともたくさんあります。そのなかには学ぶ意欲に満ちている子どももたくさんいます。

また一方では、無理を重ね、つらくて人生に絶望してしまう子どももいます。

絶望ほど悲しいことはありません。

絶望した子は「明日が来なければいい」と言います。「明日が来るのが怖い」と言います。

明日を楽しみにして子どもたちが布団に入れるように。それが私の願いの根っこの部分です。

子どもは元々は学ぶ意欲を持っています。それを守り育てるのが大人の責任であり、社会の責任です。そうして守られて育った子どもが大人になり、希望に満ちて社会を作り、また次の世代を守り育てていく。こうしてどの人もイキイキと生きていくことが大切なんだと思います。

私たちは無事に死ぬために生まれてきたのではないはずです。

脱落者を作るのが得意な世の中になってはいけません。

私はこれが得意。あなたはこれが得意。だから分担する。そうやって社会を作り上げていくのが基本なのだと思います。

教育機会確保法ができた今、これからどう動いていくのか。期待しています。

もちろん、私自身は自分でできることを継続していきます。子どもたちの貴重な時間を大切にしたいと思います。